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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2562号 判決

控訴人 木村松夫

右訴訟代理人弁護士 新美隆

被控訴人 東京電力株式会社

右代表者代表取締役 平岩外四

右訴訟代理人弁護士 柏崎正一

同 森美樹

同 岩井国立

同 田多井啓州

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  控訴人の参加する「公共料金値上げに怒っている会」(以下、単に「怒っている会」という。)が被控訴人に、被控訴人の電気料金値上げ措置に関し説明会の開催を要求したのに対し、被控訴人は、控訴人らの納得の行くまで話合うことを約してその開催に応じ、昭和四九年一一月以降同五一年二月まで七回にわたり、話合いを継続してきたが、これを継続するにあたって両者間に成立した合意は、被控訴人において、控訴人らの質問・要求に対して納得の行く説明を尽くす問題と未払い料金の問題とを一つの話合いを継続する中で同時に解決することを主旨とするものであったから、当然のことながら話合い継続の必要性が認められる限りは未払い料金について訴を提起しない合意を含むものであった。しかるに、被控訴人は、昭和五一年三月、約束に反して一方的に話合いを拒否する旨通告し、話合いの継続を要求する控訴人らの意思を無視して本件訴えの提起に及んだのであるから、本件訴えは、少なくとも不起訴の合意を身勝手に破棄したものであって、訴えの利益を欠くものである。

二  被控訴人の本訴請求は、控訴人の消費者としての権利ないしは正当な要求を侵害・無視するものであり、かつ、その意図するところは、債権者の権利行使に名を借りて控訴人らの正当な消費者運動を潰滅せしめようとするものであり、明らかに権利の乱用であって許されない。

(被控訴人の答弁)

控訴人の二の主張は否認する。

(証拠)《省略》

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであると判断するものである。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由と同じであるから、その説示を引用する(ただし、八枚目表六行目の「条款」を「約款」と改める。)。

(控訴人の当審における主張についての判断)

控訴人の参加する「怒っている会」が説明会において被控訴人に要求する納得の行くまで話合うとは、いかなる内容の話合いを意味するのか必ずしも明らかではないが、その主張自体に照らすと、控訴人を始めとする「怒っている会」の各構成員が被控訴人の説明に満足し、それを了解するまで話合うことを意味するものと理解される。もし、そうだとするなら、それは、控訴人らの一方的な要求と認めるほかはなく、被控訴人としてはとうてい容認できるものではないというべきである。すなわち、《証拠省略》によると、控訴人の参加する「怒っている会」が被控訴人に対し、説明会の開催を求めて説明・回答を要求した項目のうち、質問項目は、①政治献金問題について、②料金および電気税問題について、③公益事業としての電気事業のあり方について、④設備投資の実態について、⑤原油の値上げについて、であり、要求項目は、①過去一三年間の政治献金分の金額に相当する値下げを家庭用電灯使用者に対して実施せよ、②企業優先の料金体系を改め家庭用料金を安くせよ、③公害をまきちらす原発・火力発電はやめよ、④家庭用電気料金の電気税は廃止せよ、⑤三段階逓増制を家庭用電気料金には適用するな、⑥今後の値上げは一切認めない、⑦一円差引料金、旧料金を電気料金として認め、送電停止通告は一切やめよ、というのであって、その質問項目は、被控訴人の一般電気事業者としてのあり方ないしは被控訴人の営む一般電気事業のあり方に関する事項であり、その要求項目は、本件供給規程に基づく料金体系を改め家庭用電気料金の値下げを求める趣旨のものであるから、それらの内容自体に照らし、被控訴人としては、一般需要家に対する広報活動の一環として説明する事項とはいい得ても、一般需要家に過ぎない控訴人らが納得し了解するまで説明せざるを得ない性質のものとはいい得ないことが明らかである。したがって、被控訴人が「怒っている会」の説明会開催の要求に応じたのは、昭和四九年六月から実施した料金値上げに納得せず、抗議行動を展開する「怒っている会」の構成員に対し、右値上げにあたっての被控訴人側の事情を可能なかぎり説明し、一般需要家としての控訴人を始めとする各構成員の理解と協力を得るための措置にほかならないと認めるべきである。(《証拠省略》は、このことを裏付けるに十分である。)から、一年数か月間に七回の説明会の開催に応じたことによって、被控訴人が所期の目的を達し得たと判断し、説明会の継続に応じなかったとしても、たといそれが控訴人らの納得できるところではなく、被控訴人の一方的措置と評価されるとしても、控訴人らとしては、被控訴人がその継続に応じない以上、それを強制できる性質のものではなく、またその権利もないから、被控訴人の右措置を認容せざるを得ないものというのほかはない。

また、被控訴人の本訴請求は、被控訴人が昭和四九年五月二一日、通商産業大臣から変更の認可を受け、同年六月一日から実施した本件供給規程により算定された電気料金の請求であるところ、控訴人の参加する「怒っている会」は、右変更による電気料金の値上げに反対し、説明会を通じて被控訴人に値上げの不当性を訴え、究極的には料金の値下げ等の有利な供給条件を得ることを意図しているものであることは、前記質問・要求項目によって明らかである。しかしながら、電気事業法によると、一般電気事業者としての被控訴人は、通商産業大臣より認可された電気料金等の供給条件以外の供給条件によっては需要者に電気を供給することはできない(同法第二一条)のであるから、控訴人らと被控訴人間に説明会において、供給条件の変更につきなんらかの了解に達したとしても、その変更は通商産業大臣の認可を受けて始めて実施できるところの将来の供給条件に属し、現に実施中の本件供給規程に定められた料金体系にはなんらの影響がないのであるから、既に供給された電気の料金に変更をもたらすものではないのである。したがって、本件供給規程に基づく電気料金の支払いと、本件供給規程による電気料金の値上げに反対し、料金等の供給条件の変更につき話合いを持つこととは次元を異にし、後者の話合いの継続は前者の料金の支払いを留保できる性質のものではないばかりでなく、納得の行く説明がなされない限り話合いが継続され、請求を控えざるを得ないとするときは、被控訴人が未払い料金につき請求できない事態の起こり得ることを意味し、それは料金の値下げにほかならず、事実上の供給条件の変更をもたらして、被控訴人にとって電気事業法第二一条に違反する行為であるから、被控訴人が控訴人らの質問・要求に対して納得の行く説明を尽くすまで、控訴人らに未払い料金の請求を控える旨を合意したものとはとうてい認められない。

してみると、被控訴人が電気料金の値上げ措置に関し、控訴人の参加する「怒っている会」の要求により説明会の開催に応じても、控訴人らが納得するまで話合いを継続し、それが継続する限り、未払料金について訴えを提起しない旨を合意したものとはとうてい認められず、また、被控訴人が自らの判断で説明会開催の所期の目的を達したとしてその開催を打切り、これを機に未払い料金の請求に及んだとしても、それは、被控訴人の正当な権利行使にほかならないから、控訴人らの消費者運動の潰滅を目的とする権利の乱用であるともとうてい認められない。

二  以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

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